文化財とレジャー施設を比較する in京都

NO.327


東寺


視察日時 2013年 3月 20日


到着まで

訳あって京都に来ました。平安の都です。
小学校の頃から日本史は好きだったのですが、特に好きな年代が平安時代でした。
日本独自の文化が初めて花開いた時期ということや、陰陽師などが活躍するというまだ人間が心霊現象などを真剣に受け止めていた時代というのが興味を惹かれた要因でした。

そんなわけで、京都に来ると平安時代の神社仏閣をちょっと見たくなるのがいつものパターン。今日はこの後、一仕事しなければならないのですが、その前に早起きして神社仏閣を見に行くことにしました。

東寺東寺

今回は「東寺」。なんといっても五重塔があるというのが大好きな点。でっかい金堂よりは高い塔の方が好きなんです。
小学校の修学旅行で初めて東寺の仏像を見たときにその大きさに驚き、“喜怒哀楽”の感情の薄い自分も大きな感銘を受けた施設です。

平安京の正門に当たる羅生門を挟んで東西に一対で建設されるお寺の東側を東寺と呼んだ、そして東寺は真言宗の開祖空海が嵯峨天皇より下賜された施設です。
今風にいえば、公共(朝廷)が建設を担当し、運営は民間(空海=真言宗)という公設民営施設として運営されていく施設。以降真言宗の根本道場で、東寺真言宗の総本山といわれる。真言宗といえば高野山の金剛峯寺が総本山ですが、空海が逝去して鎌倉時代になって「弘法大師」としてあがめられるようになってから人気が出るようなった施設です。
一方の西寺は、同じ公設民営ながら空海に比べると人気のある方が下賜されなかったことや立地環境が悪化したこともあって衰退したという歴史があります。

東寺東寺

東寺の場所は京都駅から歩いてもさほど距離はありませんが、近鉄に東寺駅があるので、せっかくなので近鉄で一駅。。。駅から微妙に距離があるので次回は京都駅から歩いて行こうと思いながらの道のりです。

さて、東寺駅から歩くこと数分。五重塔が見えてくるのですが、入口は駅からは最も遠い場所にあります。外壁に沿って歩くことさらに数分。玉砂利のエリアに入りました。


場内の構成

平安時代にレジャー見聞録があったら、たぶん載る施設はこうした神社仏閣ばかりでしょう。なぜならこの時代神様や仏様を拝むという集客施設としてはもっとも強力だっただろうし、今の時代のように遊ぶという感覚はたぶんなかったはず。まぁその意味ではこうした名所旧跡も今のレジャー施設の大先輩と考えられるのでは?というのが自分の持論。

東寺東寺

そんな意味でまずはエントランスである、拝観料の徴収場所から。
ここについては、平安時代にはなかった施設でしょうから、今と同じ感覚で見てみます。
一度に大量のお客を捌くわけではないので、小さな小窓からお寺の方が対応してくれます。京都の神社仏閣はこうした感じの料金徴収場所が多いのです。年間で何千万人も訪れる観光地の割にはこうした施設は、既存の施設を流用しているところが多いのは興味深いですね。東京だったら専用の窓口をコンクリート製で新設することを考える人が多いのではと思います。

そして料金も入場料ではなくて、「拝観料」。つまり仏様を拝む料金ということです。
なので、この先は仏様に嫌われるようなルール違反はしてはいけないのです。
・・・っと考えると拝観料を払うということは、その時点で場内のルールに関しての遵守を誓約したことになるのでしょうか?ある意味、言葉でルールを守らせる。うまいです。。。

東寺東寺

小さな木戸のようなエントランスを抜けると、玉砂利の敷き詰められた有料ゾーンに入れます。有料ゾーンは三つの建物があります。

講堂、金堂、五重塔

加えて池を含む庭園。レジャー施設的にいえば、アトラクションは3つってところでしょうか?

東寺東寺

創建当時からあったのが金堂で、空海が天皇からいただいた後に講堂が造られる。つまり一期工事は公共が行いこの際のコンセプトは民衆救済、そして空海が受け継いで民間運営施設としての二期工事では真言宗のコンセプトである密教に関わる施設が建設されたという経緯でしょうか?

東寺東寺

小学生で来たときには写真撮影はOKだったと思うのですが、残念ながら今回は内部の撮影はNGになっていました。まぁたまには“目に焼き付ける”というのも大事なのでまずは金堂から回ります。

金堂には薬師三尊像、十二神将、日光菩薩、月光菩薩が納められています。
いうなれば、光を照らし、疫病から救済する仏様、そしてそれを守る護衛隊が祭られているわけで、仏門のプロではない天皇がとにかく国を安泰に守るためにすがりたい仏様がラインナップされているということでしょうかね?

一方の講堂ですが、こちらは空海が好きそうな、不動明王とか帝釈天、大日如来などいわゆる密教で出てくる荒ぶる神様・仏様シリーズがラインアップされています。
数からすると、講堂の方がいろんな仏像がありますので、その道のプロである空海の方がより細かいランド開発を行ったということになるのでしょうか?
もちろん、こちらも撮影はNG。

東寺東寺

そして、メインのアトラクション??五重塔
こちらは高さ55メートルで、江戸時代に徳川家光が再建したものだそうです。
もともと神社仏閣の塔は仏舎利をできるだけ天高くに納めるための施設なんだそうで、外から見ると五重に見えても、中は吹き抜けて実質1階建てというパターンもあるそうです。
それでも、こうして目の前に五重塔があると京都に来た・・・という実感がわきますねぇ(自分だけでしょうか?)

東寺東寺

そして、これらの三つの建物の前には庭園があり、池には鯉が泳いでいます。
もともと庭園というのは、水(つまり池)があって初めて庭園と呼ばれるのですが、枯山水という考え方ができて水がなくても水があるように玉砂利を整備することで庭園の定義を広げたところもあります。
ただ、神社仏閣で池の位置をよく見ると、重要な施設のそばにあり、景観の観点とともに防火対策でもあったように思います。
今と違って火災は甚大な被害に直結する一大事であった時代。自力で消火できる施設を近くに置いておきたかったのでは?と思うのです。

今の時代も火事は建物の天敵です。
そんな意味で、文化財には必ずといっていいくらい池があるのは、消火栓の役割を果たしていると考えるのは、ちょっと行き過ぎでしょうかね?


感想

これ以外にも見所はたくさんある施設ですが、今回は時間の制約もあって退散することにしました。

今も昔も集客施設は、施工者のコンセプトが建物に現れ、運営者のコンセプトで拡張されていく、そして防火対策は重要であることを教えてもらいました。

東寺東寺

なお文中において当時の権力者に対しての畏敬の念がないような表現がある点は、文章能力の低さと解釈してください。また推測に関しては特に裏付けをしたわけではありませんので、間違っていても責めないでください。。。

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