沖縄で忘れてはいけないこと・・・

NO.283


ひめゆり平和祈念館


ひめゆり平和祈念館

視察日時 2009年 2月 3日


沖縄は日本人にとって観光地です。それに関して異存がある人はほとんどいないと思いますが、同時に太平洋戦争で最大の激戦地でもありました。
現在太平洋圏でいわゆる“リゾート地”と言われているところの多くは戦争時の激戦地だったと思います。
以前来たときには沖縄の戦争の歴史を知る場所には行かなかったのですが、今回はそうした背景にある地も是非みたいと思い、朝から南に車を飛ばしました。
走ること30分あまり。。。沖縄以外にどこでも近いです。。。
やってきたのが、「ひめゆりの塔」です

ひめゆり平和祈念館ひめゆり平和祈念館

話や映画などこのひめゆりの塔に関しての情報はいろんなところで見てきましたが、今回資料展示などを見て改めて考えされられました。

沖縄には慰霊碑としていくつかの“塔”があるのですが、ひめゆりの塔がひときわ有名なのはやはり小説や映画で取り上げられているからでしょう。

近隣のお土産物屋がわんさか並んだ無料駐車場に車を留めて、施設に向かいました。調べた感じでは資料館とひめゆりの塔は離れている印象を持っていたんですが、お隣でした。

考えてみると沖縄での戦争は、日本vsアメリカの地上戦、すなわち直接対決です。
東京や大阪も空襲で戦争時は大変な被害を受けましたが、空爆によるものですからある意味一方的です。それに対して沖縄戦はまさにガチンコの戦いだったようです。

さすがに塔の前では、深々と一礼。。。そんな雰囲気が立ちこめます。
資料館内は撮影禁止なのですが、“ひめゆり”の愛称で親しまれた沖縄市販学校女子部と県立第一高等女学校が設立から戦争に巻き込まれていくまでの過程がものの見事に描写されています。

中でも、戦争の話を今に伝えるボランティアの方(今日は81歳の方でした)が語る戦争当時の日々の生活。激化する沖縄戦に日々右往左往する市民の様子。
劣化する戦況に下した軍部の非常な通達。。。
未曾有の不況の日本・・・ですがその当時に比べれば本当に平和な現代だと思います。
地上戦というのはお互いの兵士が同じ目線で戦うわけですから、展示されている資料も秘蔵に生々しい。グロな言い方ですが殺した人のアップが残っているわけです。

60年経った今、写真で見てもかなり鮮烈なのですが、当時それをライブで経験したひめゆりの女性達の衝撃ははかり知ることもできません。
そして、それを語り継ぐボランティアのおばあちゃんもそうでしょう。
話が終わった後、周りにいる人は誰からともなくおばあちゃんに「ありがとうございました」と深々と頭を下げます。

驚くべきことに、この資料館は戦争後に設立された「ひめゆり同窓会」の寄付から建設されたそうです。いわゆる博物館は市町村や県、国の“起債”と呼ばれる公共の借金で作られる場合が多いのですが、ここはそうした補助を受けずに作られ運営されているそうです。

記念ではなくて祈念。。。まさに魂の施設なのです。
光と影という言葉がありますが、この施設が伝えようとしていることは“影”としてはいけないことなのです。

今までこのサイトに270以上の施設をアップしてきましたが、人を集める施設には過去に多くの犠牲を払ってきたものもあるんだ。。ということを学ばせてもらいました。
楽しいリゾート地沖縄、この場所があるのは多くの犠牲があったからということを忘れてはいけないようです。

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